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2014年まではDS・DS2時代

 以前のブログを完全に閉鎖するために過去の文章を見ていたところ、今でも十分通じそうな内容の文章がありました。削除するのももったいないので、こちらのブログに転載することにしました。以下、2007年7月に書いた文章をそのまま転載しておきます。

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 最近人と会ってゲームの話をする際、必ずと言っていいほど僕が話してしまうことがあります。特定のメーカーに思い入れがあるわけではないし、金銭や何らかのメリットを得ているわけではないのに、これだけ絶賛しながら熱弁をふるうのもどうかと思いますが、まぁそれも僕の現状認識から来る発言なので、ここに記事として残しておくことも意味があるのではないかと思い、この文章を書いています。

 最近のゲームについて、出版系の方や開発系の方と話していても、いわゆる次世代機と呼ばれているハードを持っていないことが多いです。プレステ3もXbox360も持っていなくて、Wiiを持っている人がたまにいる感じ。では、彼らが何で遊んでいるかと言えば、圧倒的にニンテンドーDSなんですね。この辺り、ニンテンドーDSが爆発的に普及していて、今やどの据置機よりもニンテンドーDSが支持されている事を証明する状況なのではないかと思っています。

 ケータイゲーム機はゲームボーイ時代から任天堂の天下でした。ゲームギア、ネオジオポケット、ワンダースワン……色々なハードが任天堂の牙城を崩すべく頑張ってきましたけど、どのハードもゲームボーイの足元にも及びませんでした。しかし、ゲームボーイはどんなに普及しても据置機よりも下に見られ、「ポケットモンスター」がどんなに沢山売れようとも2大RPGというと必ず「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」が挙げられることからも分かるとおり、ケータイゲーム機のゲーム自体が据置機のゲームよりも下に見られる時代が長く続きました。

 ゲーム雑誌はゲーム機もしくはハードメーカーに依存した形で出版されています。「ファミ通」で言うところの「ファミ通PS」「ファミ通Xbox360」「ファミ通DS+Wii」と書けば分かりやすいでしょうか。かつて、任天堂のハードだとNINTENDO64が主流だったとき「ファミ通64」という雑誌がありました。ゲームボーイがどんなに好調でも「ファミ通GB」にはなりませんでした。NINTENDO64の新作が発売されず、ゲームキューブが発売されるまでの空白の期間、「ファミ通64」は「ファミ通アドバンス」になりました。しかし、ゲームキューブが発売されると「ファミ通キューブ+アドバンス」となり、やっぱりケータイゲーム機は後ろに回されました。皆さんご存知の通り、ゲームキューブは主流になれなかったハード。一方、ゲームボーイアドバンスはケータイゲーム機ではナンバー1のハード。しかし、ゲームボーイアドバンスよりもゲームキューブの方が優先されました。つまり、ゲームボーイアドバンスほど普及したハードでも、据置機よりも軽く見られていたのです。

 その後、2004年、ニンテンドーDSとプレイステーションポータブルが発売されました。プレステとサターンが発売された1994年と同じような盛り上がりを見せ、両ハードともこれまでのケータイゲーム機よりも注目される形で普及していきました。そして、任天堂のハードがゲームキューブからWiiに切り替わる過渡期、「ファミ通キューブ」は「ファミ通DS+キューブ」に変わりました。しかし、Wiiが発売されても「ファミ通Wii+DS」にはならず「ファミ通DS+Wii」という名前になり、ドラクエのナンバリングタイトルがニンテンドーDSで発売されることが発表され、据置機よりもケータイゲーム機が上に見られる時代が始まったのです。

 ニンテンドーDSのヒットは脳トレ系ゲームにありました。脳トレ系ゲームが注目されることにより、ニンテンドーDSは今までゲームで遊ばなかった幅広い年齢層の方々がゲームを始めました。この現象、いつぞや見たことがありませんか?そうです、プレイステーションがヒットした頃、ライトユーザーという新規ユーザーが存在しました。そのため、ゲーマーよりのゲームが多く発売されたセガサターンは頭打ちになっても、多くのライトユーザーが支持したプレイステーションは普及し続け、圧倒的なハードとなりました。つまりは、歴史は繰り返す、というわけです。

 1983年、ファミリーコンピュータが発売され、ファミコンの勢いが失われる前にスーパーファミコンを発売し、10年以上、「FC・SFC時代」が続きました。1994年、プレイステーションが発売され、プレステの勢いが失われる前に互換性のあるプレイステーション2を発売し、10年以上、「PS・PS2時代」が続きました。スーパーファミコンからNINTENDO64への変遷、プレステ2からプレステ3への変遷はどちらも似たような経緯をたどっています。そして、2004年、ニンテンドーDSの発売により、ゲーム機は新世代へと進みつつあります。

 ここからが、僕が最近発言していることになるのですが、ずばり2014年頃までニンテンドーDSとその後継機の時代が続くものと予想しています。ニンテンドーDSのタッチペン操作になれた人は、今後もタッチペン操作を支持し続けます。現在はまだ十字ボタンを中心とする従来の操作とタッチペン操作が混在していますが、「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」の成功から、今後は更にタッチペン操作のゲームが増えるものと思われます。タッチペン操作のゲームに慣れた新規ゲームユーザーはなかなか他のゲーム機に移れません。つまり、ニンテンドーDSはしばらく安泰なのです。

 しかし、ニンテンドーDSがいつまでもニンテンドーDSのままでいて良い訳がありません。いずれ、後継機へと移る時期が来るはずです。ファミコンからスーファミへの変遷もプレステからプレステ2への変遷も、スペックの向上による変遷でした。当然ながら、ニンテンドーDSから後継機への変遷もスペックの向上が主なところになるとは思いますが、今回の重要なポイントはスペックの向上ではありません。今度の大事なポイントは「デバイスの増加」にあります。

 ファミコン時代から任天堂は周辺機器や特殊デバイスが好きな会社でした。しかし、ハードに標準装備されていない周辺機器は先細りの運命にありました。そこで任天堂はニンテンドーDSで色々なデバイスを最初から導入しました。そして、そのお陰でプレイステーションポータブルとの圧倒的な差をつけることができました。単なるスペック競争をしている限り、いつかライバルに追いつかれます。しかし、特殊デバイスのゲームであれば他社のハードに移植されることもなく、ライバルを引き離すことが出来ます。

 僕は、ニンテンドーDSの成功で任天堂が守りに入るのではないかと懸念していました。しかし、Wiiリモコンの発表で少し安心しました。そして、最近のニンテンドーDSのソフトに特殊デバイスを導入している状況を見ていると、任天堂が攻めていることが分かり、安心しています。「スライドアドベンチャーマグキッド」や「フェイスニングで表情豊かに印象アップ 大人のDS顔トレーニング」のような特殊デバイスに対するチャレンジから、ニンテンドーDSの後継機に活かされるデバイスが登場することでしょう。

 「タッチペン操作のゲームの増加」と「デバイスを使ったゲームの増加」により、DS・DS2時代は磐石となります。まだニンテンドーDSに参入していないゲーム会社の方々、今からでも遅くはありません。2014年までニンテンドーDSの時代は続きますので、早めに参入することをお薦めします。

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2009年10月01日(木)12時45分 受信